「群馬の人たちと共に、『ザスパのあるべき姿』を実現していきたい」<2>

株式会社ザスパ代表取締役社長
石井宏司

1月28日の就任会見でクラブの基本方針を語る石井宏司氏

チーム創設20周年の今年、株式会社ザスパは新たな社長を迎えた。FC東京(J1)や千葉ジェッツふなばし(B1)でスポーツビジネスの経験がある石井宏司氏だ。1月28日の就任会見で前社長の赤堀洋氏(取締役として留任)が、「非常に優秀な方で、話をしていてもロジカルで前向きな考えをしています。J1でのビジネス経験が一番ザスパに足りない部分でした」と石井氏に社長のオファーを出した理由を語っていた。これまでのキャリアで事業再生や新規事業の立ち上げなども手掛けており、その手腕で株式会社ザスパをJ1に行けるだけの企業へと成長させてくれることと期待したい。
このインタビューでは、「ヒト」「アカデミー、ファンクラブ改革」「地域貢献」について、石井氏のビジョンを聞いた。

取材/星野志保(Eikan Gunma編集部)  取材日/2022年2月3日

<1>から続く。

若い才能を伸ばすためにアカデミーの改革に取り組み、
理想のファンクラブのあり方をサポーターと共に考える

――就任記者会見では、アカデミーの改革をすると言っていました。

石井 私たちのビジネスは、人を育てて活躍してもらうことが商売の業態になりますので、アカデミーでも優れた人材の輩出が求められます。正直、J2で、これをやろうとしても、資金的、人材的な面で非常に難しいのが実情です。これは私たちだけでなく、J2全体の課題でもあります。そうは言っても、私たちは群馬で唯一のJクラブなので、その中のアカデミーで、どういう価値を提供しなければいけないのかを、鈴木と、アカデミーを率いている倉尾正典と対話を始めたところです。

――これまでアカデミーの改革では、まず問題を明らかにすることから始めるのですか。

石井 僕の個人的なスタイルとして、過去をあぶりだすことはしていません。過去をリスペクト(尊重)するのは大事なんですが、例えいろんな問題があったとしてもそこにフォーカスしても未来はないと思うんです。問題にフォーカスしている間にアカデミーの選手は育ってしまいますし、それぞれの選手にU-16、17、18で学ぶことがありますから、問題を考えることももちろんしますが、これからアカデミーをどうしたいのかというビジョンを正しく描く方が、僕は大事だと思っています。

――アカデミーで、それぞれの年代の目標を具体的に考えていますか。例えば、U-18ならクラブ選手権に群馬代表として出場するとか。

石井 成果的な指標はもちろんあります。ただ、今のユースのスポーツ育成システムは、手っ取り早く勝てるようにチームを作るという「プロセスの罠」にはまっていると思うんです。手っ取り早く勝つには、サッカーの上手い子を県外から採ってくればいいとなってしまう。でも今の世界のサッカー界を見ると、身長の高い選手は全員サッカーが上手いかと言ったらそうじゃないわけで、背は高くないけれど個性的な選手もたくさん活躍しています。あるいは、全員が早熟な選手かといったらそうじゃないわけで、レギュラー組になってから突然、能力を発揮するような遅咲きの選手もいます。
 そう考えると群馬県全体の育成プロセスは、もっと多様性があってしかるべきだと思うんです。皆、目先の試合に勝つために、背の大きな選手の取り合いをするのではなく、個性的な選手を育ててもいいと思うんです。今は背が低いけれど、頭の回転がものすごく速い選手がいて、長い目で育てて言ったら25歳ぐらいで日本代表のキャプテンになるような逸材がいるかもしれないですから。群馬県全体で、子どもたちのそれぞれの能力が発揮されるようなシステムを作っていかなければいけないと思っているんです。もし、群馬県唯一のJクラブである私たちが、「○○に勝つ!」という指標を作ってしまったら、プロセスの罠に落ちちゃうんじゃないかと危惧しています。
 それよりは、高校サッカーやアマチュアの既存のシステムで育てられなかった子たちを育てるために補完的なシステムをアカデミーで構築していく。既存のシステムが表なら、僕らは裏のシステムを作りたいと思っています。サッカー選手を夢見ている子が、いろんな形で能力を開花できるような形に将来できたらいいと思っています。障がいや病気を抱える子どもたちも夢をあきらめずに済むように、いろんな状況にある若い力をなるべく育てられるようにするのが、私の願いでもあります。

――J2でも今年からホームグロウン制度(*3)で、アカデミー出身の選手を最低1人トップチームに上げないと、ペナルティーとしてトップチームの登録人数25人から1人に減らされます。また来年からは2人以上トップチームに上げないと、25人枠から2人減らされます。アカデミーの改革が急務になるのではないですか。

*3【ホームグロウン制度】Jリーグが2019年から導入している制度。2030フットボールビジョンに向けて、各クラブが選手育成にコミットし、アカデミーの現場を変えていくことを目的に導入したもの。Jクラブは、ホームグロウン選手を規定の人数以上、トップにチームに登録する必要がある。J2では2022シーズンは1人以上、23シーズンからは2人以上、トップチームに登録しなければならず、それができなければ不足人数をプロA契約25人枠から減らされる。ホームグロウン選手は、12~21歳の間、990日以上、自クラブで登録していた選手。満12歳の誕生日を含むシーズンから、満21歳の誕生日を含むシーズンまでが対象

石井 もちろん、アカデミーから選手をトップチームに上げられればいいんですが……。少し専門的な話になりますが、18歳でも成長期で成長ホルモンがまだ出ている選手と、18歳で成長ホルモンが出なくなって身体ができあがってしまっている選手がいるんです。アカデミーからトップチームに上げなきゃならないということで、まだ成長期の選手をトップチームの練習に入れてしまうと、ケガをする可能性が高くなるんです。ホームグロウンで、アカデミーの選手をトップチームに入れても、ケガをしてしまっては本末転倒です。確かにトップチームの事情からしたら、アカデミーからトップに昇格させたい事情もあるのですが、それにより私たちの「人を育てる」が犠牲になるのなら、結局意味がないと思っています。
 結局、経営を丁寧にやらないと、無理にアカデミーの選手をトップに上げてもケガをさせてしまったら、サポーターはがっかりするし、スポンサーも「ルーキーをケガさせて、このクラブは大丈夫なのか」と思われてしまいます。ここで手を抜いてしまうと、巡り巡ってビジネスの成果にしっぺ返しが来ますから。

――Jリーグでもデジタルプラットフォームを整備して、マーケティングオートメーションや会員データの見える化ができるようになっています。そうなると、ファンクラブのあり方も今後、変わってくるのではないでしょうか。

石井 ファンクラブを運営してくれている有限会社ZOBIエンタープライズは、クラブ創成期からずっとザスパを支えてくれている重要なパートナーです。彼らへの尊敬と信頼、対話を続けることを止めてはいけないと思っています。ただ、時代の進化は早く、ちょっと立ち止まって同じことをやっているだけでも、時代からは遅れてしまっているということがビジネスでは起こりえるので、サポーターの変化、コロナの影響、Jリーグのプラットフォームの変化の中で、話し合いを重ねながらファンクラブをあるべき姿にしていきたいと思っています。

――そのあるべき姿とはどういうものなのでしょうか。例えば、他のスポーツの例で言えば、埼玉西武ライオンズでは試合観戦前日に「気を付けてご来場ください」とメールが送られてきて、試合観戦後にはお礼のメールとアンケートが送られてくるなど、ファンクラブをサービス向上などに役立てています。

石井 それは非常に重要な部分かなと思っています。ただ、他球団や他クラブがこうやっているから、それを取り入れればいいんじゃないかというのは、私も経験がありますが、大概失敗するんですね。
 各クラブ、各地域によって、クラブのあり方や、ファン・地域の人たちとのつながり方はそれぞれ違います。ザスパはどうやってファンとつながっていけばいいんだろうか、ザスパのファンには何を提供したら喜んでくれるのだろうかと考えることが一番重要なことだととらえています。
 サッカーではファンのことを「サポーター」と言います。これは「サポートする人」と言う意味です。主語はサポートする側にあり、我々にはないんです。どういうことかというと、僕たちはサポーターを作れないんです。サポーターは自分で「サポーターになる」と宣言して主体的に動かないと、サポーターにはならないんです。ここが普通のビジネスとJクラブのサポーター文化ビジネスとの大きな違いなんです。僕らが野球の事例を取り上げてファンクラブと言ったとき、「俺たちはファンじゃない」とサポーターが言って反対したら、サポータービジネスは多分失敗なんです。
 私たちは、サポーターをサポートします。今、サポーターが何をサポートしたがっているのか、今、どういう形でサポートしたいと思っているのかを考えていかないと、スポーツビジネスは失敗すると思っています。スポーツビジネスを成功させるためには、サポーターと一緒にクラブを作り上げていくことが大事になります。
 クラブの存在意義は、周りの人たちの生きがい、週末の楽しみの提供です。もしかしたら、クラブのお手伝いをするのが楽しみかもしれない。ザスパに限らず、Jクラブには多くのボランティアの人たちがいます。「私は見る側じゃなくて手伝いたい。そういう形でクラブをサポートしたいんだ」と。それが楽しみで週末、試合に来ている人たちに、そういう場を提供するのもクラブの役割なんです。ここがプロ野球と違うところです。ボランタリーは、サポートと同じフィロソフィー(基本的な考え方)なんです。
 サポーターの方々と一緒に正田醤油スタジアム群馬で戦い、サポーターと共にクラブを作っていきながら、その中で双方にとって、「こういうファンクラブが欲しいよね」というものが見えてくると思うんです。ファンクラブは共に作っていかないと価値がない。他球団や他クラブのファンクラブのシステムをそのまま持ってきても上手くいかないと思うんです。

――この話をサポーターが聞いたら喜んでくれるのではないでしょうか。

石井 だって、20年間も応援してくださる方がいるわけじゃないですか。20年間、同じお店に通ったり、同じ美容師さんに髪を切ってもらうことなんて、まずないじゃないですか。20年間、試合に来てくださっている人は、20年間クラブを応援してくださっている。この事実を私たちはしっかり見ないと、経営の判断を誤ってしまうと思っています。

<3>に続く。2月26日掲載予定

■プロフィール
石井宏司(いしい・こうじ)
1969年7月3日生まれ、大分県出身。東京大学大学院を卒業後、リクルート、野村総合研究所、日本女子プロ野球機構、スポーツマーケティングラボラトリー勤務を経て、2019年に株式会社ミクシィに入社。スポーツ事業部長などを歴任し、Bリーグの千葉ジェッツふなばしの経営強化に携わったほか、東京フットボールクラブ(FC東京)のマネジメントダイレクター、グローバル推進本部長などを兼務。経営コンサルティングの経験もあり、事業再生や新規事業の立ち上げにかかわった。J1でのビジネス経験を買われ、2022年2月株式会社ザスパの代表取締役社長に就任した。