「群馬の人たちと共に、『ザスパのあるべき姿』を実現していきたい」<1>

株式会社ザスパ代表取締役社長
石井 宏司

ザスパの新社長、石井宏司氏 (写真提供/株式会社ザスパ)

チーム創設20周年の今年、株式会社ザスパは新たな社長を迎えた。FC東京(J1)や千葉ジェッツふなばし(B1)でスポーツビジネスの経験がある石井宏司氏だ。1月28日の就任会見で前社長の赤堀洋氏(取締役として留任)が、「非常に優秀な方で、話をしていてもロジカルで前向きな考えをしています。J1でのビジネス経験が一番ザスパに足りない部分でした」と石井氏に社長のオファーを出した理由を語っていた。これまでのキャリアで事業再生や新規事業の立ち上げなども手掛けており、その手腕で株式会社ザスパをJ1に行けるだけの企業へと成長させてくれることと期待したい。
このインタビューでは、「ヒト」「アカデミー、ファンクラブ改革」「地域貢献」について、石井氏のビジョンを聞いた。

取材/星野志保(Eikan Gunma編集部)  取材日/2022年2月3日

社員一人ひとりが力を発揮できる環境に
整えることが僕の使命

――ヒト、モノ、カネは経営の三大資源と言われます。最近は、人を資本と考えて、その価値を最大限に引き出す経営をする企業の価値が高まっています。ザスパがJリーグ入りしてからずっとクラブを見てきましたが、クラブが発展しない要因に一つは、ヒトの能力を最大限活用できていない点にあると思いました。同じ群馬県のプロチーム・群馬クレインサンダーズは、2020年7月に株式会社オープンハウスの100%子会社になった際に人の採用に力を入れました。そのときときに重視したのが、「サンダーズが好き、バスケが好き」というより、「サンダーズで何をしたいのか」と明確なビジョンを持っている人ということでした。優秀な人材を雇用することで、経営的にも成長しています。ザスパは、採用する際に何を重視しようと思っていますか。

石井 私たちは「Beyond THESPA(ビヨンド・ザスパ)」(*1)というスローガンを掲げて、ここから20年、30年、50年、100年と続く、新しいクラブの価値を作ろうとしています。僕は人を採用する際には、「スポーツビジネスをやりたい」「サッカーが好き」という気持ちを大事にしたい。この仕事は、表面に見えている以上にきつい仕事ですが、頑張った分だけ成長も早い。きつくても頑張れるのは、「サッカーが好きだから」「ザスパが好きだから」「地元に貢献したい」という思いがあるからなんです。僕はその気持ちを信じてあげたいし、まったく否定するつもりはないです。

*1【Beyond THESPA(ビヨンド・ザスパ)】直訳は、(今までの)ザスパを超えろ。チーム創設20周年(*2)を迎える今年、これまでの20年の歴史をすべて塗り替えるという今季のスローガン。

*2【ザスパ20周年について】ザスパ草津(当時)のクラブ誕生は2003年2月5日、チームの誕生は、クラブ誕生前の2002年4月3日。2022年でチーム誕生20周年となる。厳密にはクラブ誕生20周年ではない。

 ただある程度、新しい仕組みを作る上で、ビジネスノウハウのある人材は欲しい。ちょうど昨年末から、私も含めて揃ってきた人材は、これまでさまざまは場所でビジネスノウハウを培ってきた人間です。コロナ禍で、スポンサービジネス、BtoB(企業間取引)ビジネスがデジタルシフトするなど、スポーツビジネスだけでなく他業界でも営業の仕組みが変わりつつあります。Jリーグでもデジタルプラットフォームを整備して、マーケティングオートメーションや会員データの見える化ができるようになりました。私たちは他業界でも進んでいるような合理的かつ戦略的なBtoBマーケティング、スポンサーセールスの仕組みを作れる人を運良く今回採用できました。
 今回、合理的かつ戦略的なスポンサーセールスの仕組みを作る人材として採用したのが、藤田耕一(営業部長)です。彼はリクルートにいた人間で、仕組みづくりをする営業に長けています。さらに、新潟のアップルスポーツカレッジやBリーグの新潟アルビレックスBBでも仕事をしていましたので、スポーツビジネスの習慣もわかっている「ハイブリッド」な人材です。
これ以外のことでも、会社の土台を支える仕組みを作り直すところが大事だと思っています。

――2月に社長に就任されましたが、ザスパの経営の問題はどんなところにあると思いますか。

石井 Jクラブは中小企業のようなところがありますから、本来整備しなければならないところがそのまま残っています。それはザスパだけに限らず、どこのクラブも同様だと思います。僕は、ザスパの経営に問題がある、課題があるとはとらえていなくて、単に他クラブでもあるような未整備のところを粛々と整備していくだけだととらえています。
 2020年から続くコロナ禍で、私たちのライフスタイルやビジネス環境も変わってきています。その中で、問題を抱えていない企業はほとんどないと思うんです。どちらかというと、僕は問題や課題よりも、ポテンシャルにフォーカスしていきたいと思っています。
 僕自身、ザスパにポテンシャルを感じたからこそ、ここに飛び込んできました。今回、社長に就任したことをSNSなどで告知すると、「実は、群馬はすごく可能性があると思うんです」という声がたくさん集まってくるんです。結構、有名な人からも、「将来、Jクラブの仕事をするんだったら、北関東のどこかがポテンシャルがあると思っていました」と、うれしい言葉をもらっています。
 サッカーは、100回攻撃すると1回しかゴールが入らないようなスポーツです。それぐらいサッカーは、ボールがつながらない、シュートが入らないなどの問題が起きるスポーツでもあります。でも100回目にゴールが入ると、みんなが湧き立つわけです。これがサッカーの醍醐味だなと思いました。ビジネスのスタッフはサッカーをしているわけではないですが、僕らももっと挑戦していいし、問題を気にしていたらシュートまで行きつかない。どうしても問題は目立ちますが、ゴールを見据えて、ゴールに向かってチャレンジしていく雰囲気を作る方が、僕は大事だと思っています。
 
――人材の新規採用で、スポーツビジネスのノウハウがあるスタッフが加わりました。既存の人材の育成も重要になりますね。

石井 昨年、経営サイドにいろいろと問題がありました。僕がザスパに来たときに、社員はもっと落ち込んでいるのかな、すさんでいるのかなと思ったら、結構しっかりと前向きに業務をしていました。前社長の森統則さんがシーズンの途中で会社を去られたときはまだ試合は残っていましたが、彼らはきちんと最終戦まで仕事をやり切った。それを見て、「こいつら結構、やっているじゃないか」というのが僕の率直な感想でした。
 既存のスタッフについては、彼らがまだ知らないことを教えるとか、あるいは連携が上手くいかないところを改善するとか、もうちょっと外部の人とこういうつながりがあったらいいだろうなというところに糸を張ってあげることで、一人ひとり、そしてクラブ全体の本来持っている力を引き出せるんだろうなと感じています。
 サッカークラブは公的な仕事の色合いが強く、サポーターのために、群馬という名前を背負って戦います。そのクラブは、社員一人ひとりの使命感、意味、意義のようなもので支えられています。僕は、ウチのスタッフは、そういうことがわかって、ここにいてくれると思っています。それは、一時的な問題があっても、揺るがないものです。やる気が意識の上の方にあるものだとしたら、使命感、自分の役割はもっと意識のベースの部分にあるものだと思うのです。

――社員が力を発揮するためには、待遇体験、環境改善も必要です。

石井 僕の前の経営陣が少しずつやっているところもありました。経営には順番がありますが、そこは一歩一歩やっていきます。報酬については、金銭的な部分と非金銭的な部分があります。待遇改善で一時的に金銭的な報酬を与えたとしても、結局、仕事のできる社員にならないと、次のキャリアで困ってしまう。僕はなるべく個人の能力を引き上げて、例えザスパを離れて次の会社に移ったとしても、そこで活躍できるようなスキルを与えてあげたいと心掛けています。

――それができれば、いい人材がクラブに集まってきそうですね。

石井 株式会社メルカリの小泉文明会長(株式会社鹿島アントラーズ・エフ・シー代表取締役CEO)は、「J1の鹿島であってもなかなか茨城までいい人材は来てくれない」と悩んでいるという話を聞いたことがあります。僕の感覚だと、「群馬はすぐそこ」と思うんです。確かに群馬に優秀な人材がポンポン来るかと言うと、「そこは東京の企業とは違うな」と感じているところです。ただ、群馬まで来てくれた人というのは、ある種の「腹が座っている」と思っていますので、逆を言えば良いセレクションになっているのかなと。本当に人を採るのは簡単ではないのが実情です。待遇もまだよくないかもしれない。環境もまだ整っていないかもしれない。オフィスも寒いかもしれない。試合運営は大変かもしれない。でも自分がやりたかったことがここでやれていると感じてほしいし、ここでしかできない仕事ができる充実感を味わってもらいたい。社員一人ひとりがそうできるように環境を整えることが、僕の社長としての使命だと思っています。

――COO(Chief Operating Officerの略で、最高執行責任者のこと)として、ザスパを創設した一人でもある鈴木健太郎さんが今年、クラブに戻りました。2007年にクラブを離れた後、外資系金融機関や日本マイクロソフト株式会社、株式会社ファーストリテイリングで人事部門の経験を積んできたと聞いています。彼の存在は、優秀な人材を採用する、人を育てるという面でもクラブにとって大きな力になりそうですね。

石井 そうだと思っています。それに、クラブの始まりのストーリーを持っているのは大きいんです。サッカービジネスは、人を育てて、その育てた人に活躍してもらわなければなりません。それは選手だけでなく、スタッフもそう。そこで生まれるものは、「ストーリー」と「場」と「つながり」だと思うんです。それを作る上で、最初の(クラブの)ストーリーを知っている人がいるのはクラブを経営するに当たり、すごく重要なところだと思っています。

<2>に続く。2月25日掲載予定。

■プロフィール
石井宏司(いしい・こうじ)
1969年7月3日生まれ、大分県出身。東京大学大学院を卒業後、リクルート、野村総合研究所、日本女子プロ野球機構、スポーツマーケティングラボラトリー勤務を経て、2019年に株式会社ミクシィに入社。スポーツ事業部長などを歴任し、Bリーグの千葉ジェッツふなばしの経営強化に携わったほか、東京フットボールクラブ(FC東京)のマネジメントダイレクター、グローバル推進本部長などを兼務。経営コンサルティングの経験もあり、事業再生や新規事業の立ち上げにかかわった。J1でのビジネス経験を買われ、2022年2月株式会社ザスパの代表取締役社長に就任した。