いつか群馬からも、一流フィギュアスケーターが誕生してほしい

左から原未那海さん、今井美結さん、小林そらさんの3人は、同じ前橋クラブに所属。子どもの頃から一緒に練習してきた仲だ(2023年2月12日、ALSOKぐんまアイスアリーナ)

 5月1日に、フィギュアスケートのアイスダンスで、「かなだい」の愛称で親しまれている高橋大輔選手、村元哉中選手が競技からの引退しプロに転向すると発表。3月に開催された世界フィギ選手権では、男子シングルで宇野昌磨選手が、女子シングルでは坂本花織選手、ペアでは三浦璃来選手・木原龍一選手が優勝した。いずれも地上波で大きく扱うほどフィギュアスケートの人気は高い。日本は世界トップレベルのスケーターを輩出している国でもある。だが、群馬からトップレベルのフィギュアスケーターは誕生していない。
 なぜ群馬からトップスケーターが生まれないのだろうか。たまたま群馬県スポーツ少年団交流会の試合で、県のフィギュアスケートの関係者や選手から話を聞く機会があり、ようやくその答えを知ることができた。現状を聞くとトップ選手を育成する土壌がなかったのである。

県内のアイスリンクは2施設のみ

 まず交流大会の出場選手の少なさに驚かされた。競技には全部で18人がエントリー。9つのカテゴリーで競うのだが、エントリーの一番多いカテゴリーが「6部女子(4級以上Aクラス)」の4人。4つのカテゴリーで1人のエントリーという状況。
 県のインストラクターを務める根本美奈さんが、「以前は、試合を開催しても1つのカテゴリーに10人ぐらいはエントリーしていたんです」と教えてくれた。県のフィギュア競技人口の少なさは「アイスリンクの数の問題」とある関係者は語る。
 現在、群馬県内にあるアイスリンクは、ALSOKぐんまアイスアリーナと伊香保リンクの2施設のみ。
 これまで高崎の「ニューサンピア」があったが2022年3月に営業終了。桐生スケートセンターは老朽化のため安全を確保できないとの理由で休場している。現在は、数少ないアイスリンクをスピードスケートなど他のスケート競技と調整しながら練習している状況だ。そんな中で選手たちは週6日で練習しており、ALSOKぐんまアイスアリーナが利用できない場合は伊香保リンクや近県の施設まで行っている。
 ある関係者は、「伊香保リンクで練習した場合、帰りが困るんです。ロープウェイは午後5時までなので、夜に練習が終わる頃にはロープウェイは動いていない。冬は凍結した道を運転するのは危険なんです。軽井沢や日光、埼玉のアイスリンクまで行くこともあり、保護者の負担が大きいんです」と嘆く。
 ときには県外のアイスリンクまで行かなければならないなど、長距離運転やガソリン代の問題、長時間の付き添いなど、保護者の負担は計り知れない。現実的に、群馬の子どもたちが「フィギュアをしたい」と言ってもそう簡単に習わせられない現状がある。
 ましてやコロナ禍でもあったため、フィギュアスケートの体験教室も開かれなくなり、テレビでフィギュアを見て「やってみたい」と子どもたちが思っても、気軽に体験する機会さえもなかった。
 現在、県内には前橋クラブ、高崎クラブ、伊勢崎クラブ、桐生クラブの4クラブがあり、2月12の時点で、前橋クラブが6人、高崎クラブは11人、伊勢崎クラブが5人、桐生クラブが4人と、県内クラブに所属する競技人口は26人という状況。そのうち、就職や進学に伴い競技から引退する予定の選手もいる。県のフィギュアの競技人口の少なさは驚かされるばかりだ。

通年使えるアイスリンクが群馬にない

 そして選手を強化できないもう一つの要因に、アイスリンクの営業期間の問題がある。ALSOKぐんまアイスアリーナは10月1日~3月31日まで(今年は4月9日まで)、伊香保リンクは、9月1日~3月31日までの営業。1年を通じて使えるアイスリンクは県内に一つもない。近県を見ると、新潟には「MGC三菱ガス化学アイスアリーナ」が、長野には「軽井沢アイスパーク」が、埼玉には「埼玉アイスアリーナ」がある。いずれも年間を通じてスケート教室を開催するなど競技人口のすそ野を広げる努力をしている。
 前出の根本さんは、「県内のアイスリンク通年使用が難しければ、休業期間を短くして6~3月までの営業にしてくれるだけでもありがたいんです。今はもうなくなってしまったニューサンピアも12~3月までの短い営業期間でしたが、あるだけでもよかったと思います。今はどんどん厳しい状況に追い込まれて、選手が減ってしまいました」と訴える。
 県内に通年使用できるアイスリンクがあれば、群馬から国体選手も世界で戦える選手も出てくるのではないかと思うと、現在の群馬フィギュアの状況はとても残念である。フィギュアに興味のある人たちが気軽に体験できる環境があれば、県内で通年練習アイスリンクがあれば、選手強化も図れ、世界で活躍する選手も出るかもしれない。
 日本は国際的にフィギュアスケートのレベルが高い。しかし、群馬のレベルを見ると関係者が「国体に出場したのは覚えていないぐらい」というほど選手が育っていない。「『国際強化』と言っているが、県のレベルでどれぐらい強化をしているのか」と県のフィギュアの関係者は憤る。スキーやアイスホッケー、スピードスケートなどの他のウインタースポーツと違って、フィギュアの技の取得は氷の上でしかできない。
 通年利用できるアイスリンクがあれば、フィギュアスケートだけでなく、アイスホッケーや、県が力を入れているスピードスケートのさらなる強化も図れると思うのだか……。日々練習に励んでいる選手たちが、世界で活躍する夢を見られる競技環境を整えて欲しいと願う。

<了>

大学生の原未那海さん。大学卒業まで競技を続ける。5歳からフィギュアを始め、小学5年生頃から本格的に競技に取り組んできた。「ジャンプやスピンができるようになると本当にうれしいんです。課題を克服していくことが楽しくて、成長している実感が湧くんです」とキラキラした表情でフィギュアの魅力を語ってくれた。目標の国体出場が叶いますように!(2023年2月12日、ALSOKぐんまアイスアリーナ)
2月のスポーツ少年団交流大会を最後に競技から引退する今井そらさん。「今日は絶対に良いスピンを滑る」と強い気持ちでラストのスケーティングを披露。先生から「『今まで頑張ったことを出そうという思いが伝わった』と言ってもらえて、楽しく演技ができました」と笑顔を見せた(2023年2月12日、ALSOKぐんまアイスアリーナ)
小林そらさんも、3月の大会を最後に建築士の道に進むために競技から引退する。これまで溌溂とした曲に合わせた衣装が多かったが、今大会で初めて大人っぽい衣装で「フォレストガンプ」の曲に乗せて、今までのスケート人生を表すようなプログラム構成で滑った。「今まで自分を支えてくれたすべての人たちに感謝を込めました」と小林さん(2023年2月12日、ALSOKぐんまアイスアリーナ)
4部女子に出場した吉田侑生さん(2023年2月12日、ALSOKぐんまアイスアリーナ)
4部女子の吉野百花さん(2023年2月12日、ALSOKぐんまアイスアリーナ)
4部女子の千本木薫央さん(2023年2月12日、ALSOKぐんまアイスアリーナ)