苦しみ、やり切ったバスケット人生。故郷のクラブへの思いを語る。

群馬クレインサンダーズ
小淵 雅
Masashi Obuchi


*この記事は、2020年4月に発表したもので、小淵選手が2019-20シーズンについて振り返っています。アーカイブでは、これまでの選手たちの活躍をご紹介いたします。


Bリーグは新型コロナウイルスの感染拡大により、3月半ばでシーズンを打ち切った。プレーオフの結果を待たずに順位が決まったことで、群馬クレインサンダーズはB1昇格を逃した。
群馬を背負って戦っていた男はこの戦いをどう総括し、自身のキャリアをどう考えるのか――。冷静な口調ながら、熱の乗った言葉を発してくれた。

大島和人=文 鈴木心平=写真 星野志保=編集

 小淵雅が故郷に帰還して、7度目のシーズンが終わった。B2優勝、B1昇格を目指す大一番を控えていた群馬クレインサンダーズの歩みは、想定外の災厄により、不意に区切りが打たれた。望んでいた成果は、手に入れられなかった。
 結果は34勝13敗、東地区2位。小淵にまず今季の戦いを振り返ってもらった。
「いいときも悪いときもあったけれど、全体で考えれば苦しいシーズンでした。なかなか思うようにまとまらない、思うようにコミュニケーションが取れない、思うようにゲームが進まない……。ということが苦しさにつながっていました」
 ただし悔いを残している気配はない。苦しみはしたが、中身の詰まった日々だったからだ。彼はこう続ける。
「でも、どうにかしようと、チームで高め合えたシーズンでした。だからこそBリーグが中止になって、B1への道が閉ざされたとしても、自分の中でやり切ったと感じています」
 バスケットを群馬に娯楽として根付かせる。小淵がクラブとともに果たそうとしているミッションだ。B1昇格は欠かせない一歩だが、夢は理不尽な形でリセットされた。彼は現実をこう受け止めている。
 「B2優勝を目標に立てた中で、チャンス自体がなくなってしまった。それはとても残念です。人の命に関わらないことなら、悔いも残るし、文句を言いたくなるかもしれません。でも世の中がこういう状態ですから、さすがに仕方ない。切り替えるしかありません」

抜群のゲームメークでチームを支えた(撮影/星野志保)

若手の姿勢が呼んだ9連勝

 今季の群馬には二つの「底」があった。一つは10月20日の愛媛オレンジバイキングス戦から喫した3連敗。もう一つは11月18日の熊本ヴォルターズ戦から続いた4連敗だ。小淵はこう振り返る。
 「新しい選手が入って、チームのケミストリーも重要な部分を占めていたけれど、何よりもメンタルだった」
 2018―19シーズンの群馬は東地区を制し、プレーオフもアウェイのセミファイナルで熊本ヴォルターズを倒してみせた。チャレンジャーとして粘り、相手に食らいつく姿勢を出していた。群馬は今季の前半戦にそこを出し切れなかった。彼は言う。
 「昨年は今年よりサイズが小さかったけれどもルーズボール、リバウンドを頑張って取ろうとしていた。それが結果につながったと思います」
 しかしチームはもがき、少しずつたくましくなって終盤戦を迎えていた。小淵が言及するのは若手の良き変化だ。
 「若い選手がミーティングで発言するようになった。すごく大きなところです。野﨑(零也)は本当に自分が引っ張る、チームをまとめる意識が芽生えてきていた。練習の質も中盤くらいから上がってきました。遠慮なしに、年上の選手に激しくディフェンスでぶつかったりして……。最後の9連勝につながったと思います」
 群馬は昨年12月に214センチのビッグマン、ギャレット・スタツと契約した。小淵はその強みを上手く引き出していた。
 「試合のときに考えるのはどうやったら勝てるか、どうやったら点を取れるか、どこに一番基準を持っていくかじゃないですか。ギャレットがいたときは助かりました」
 ギャレットを封じようとして、相手の守備はゴール下に引き寄せられる。そうなれば次の手を打てばいい。とっておきの最終手段が、彼自身の仕掛けだ。
 「最初にギャレットで、そこが違うと思えば他を使うんです。インサイドで相手のディフェンスが小さくなって、(攻撃が)上手くいかないときに次はピックアンドロール……と自分の頭の中がなっています。去年も同じですが、全部がダメなら自分がやる」
 小淵も本来は自らスコアできるポイントガードだが、今季は周りを生かす形を増やしていた。チームがオフェンスをスムーズに進めた証拠でもある。
 二度あった中断期間でも、ベテランらしい振る舞いを見せていた。彼は2011年の東日本大震災をbjリーグ(当時)の大阪エヴェッサで経験している。先行きがどうなるかわかない状況で、選手がどういうワナに陥るかを肌で感じていた。
 小淵が目を光らせたのは練習の姿勢、強度といった部分だ。チームメートに注意を与えた場面もあったという。
 「チームとしていつでも再開したときに、サンダーズのそれまでのバスケットをしっかり出せるようにしなければいけません。オフコートで特に変わったことはしていませんけど、練習だけはしっかりしたかった。いつ始まるか分からない状況は不安だし、気の緩みが出やすい。再開したときにサンダーズのバスケットが出ない。それだけはないようにと考えながらやっていました」

群馬がB1へ行くために

 取材の最後に、もっとも大切な質問を残していた。小淵は現在36歳で、満身創痍の状態だ。来季の現役続行についてどう考えるのか? 彼はこう言い切った。
 「サンダーズに契約しますよという意思があればこそですけれど……。もし有り難いことに話があったとしても、99%は現役を続行しないと思います」
 この取材をしたのはシーズン中止が発表された4日後で、文字通り「すべてを出し尽くした」時期だった。彼がモチベーションを取り戻す可能性が少なくとも1%はあるし、クラブや本人からの発表があるまで正式決定でないことは強調しておきたい。ただ、引退の意思は現時点の嘘偽りない本音だろう。
 でもシーズンがこんな終わり方になって、完全燃焼できなかったのではないか? そう問いかけると、こんな言葉が返ってきた。
 「唯一悔いが残るとすれば、平岡さんの下でやらせてもらった4年間で、優勝できなかったことです」
 最後に、群馬がB1へ行くため、このクラブが地域へ根付くため、彼が思うところを言葉にしてもらった。
 「お客さんがもっと増えないと難しいです。観客が多ければ多いほど選手の背中を押してくれる。そこは無観客試合ですごく感じました。ファン一人一人の声援って、本当に持っている以上を引き出してくれる。これから群馬がB1に上がるのであれば、すごく大事になると思います」
 そのためにクラブは何をするべきか。小淵の目はコート外にも向いていた。
 「学校に行って、授業の一環として一緒にバスケットをやる。ウチはそういう機会も少ないし、できるところをまずやらないといけない。知名度もBリーグになって上がっていますけど、『どういうバスケットをしているのか』が伝わっていない。見に来たことのない方がたくさんいる。一回足を運んでもらうためにどんな提案をすればいいのか、クラブとして今後考えないといけないところだと思います」
 2020―21シーズンの開幕を、小淵がどの立場で迎えているかはまだ分からない。しかしこの男はバスケットが群馬に根付く未来のため、きっと今後も全力を尽くしてくれるはずだ。

<了>

<profile>

小淵 雅(おぶち・まさし)
1983年9月12日生まれ。群馬県邑楽郡出身。大泉北中、太田工業高、専修大を経て三菱電機へ入社。その後はbjリーグに転じて琉球、大阪へ所属し、米挑戦も経験した。13年からは群馬に在籍し、昨季はB2準優勝に大きく貢献した。182cm・80kgのPG。