群馬の高校野球2023夏 樹徳高校編①

昨夏、気持ちがのった時の強さを見せてくれた樹徳が、今夏はさらにチーム力をアップさせ二連覇に挑む。

集中して打撃練習の取り組む樹徳の選手たち

 昨夏、30年ぶりに優勝した樹徳。昨夏の試合で印象的だったのは、樹徳の選手たちが伸び伸びと楽しんで野球をしていたことだ。さて、今夏はどんなチームで夏に挑むのだろうか――。
取材/Eikan Gunma編集部

 井達誠監督は、「甲子園に出場したことで、昨夏もレギュラーで試合に出ていたキャプテンの森颯良とキャッチャーの亀田凛太郎の立ち居振る舞いが変わった」とうれしい効果を口にした。そこに1年からベンチ入りしているエースの清水麻成投手を加え、「バッテリーとセンターラインの3年生がよくやってくれるので、私は非常に楽です」と、成長したチームに満足げな表情を浮かべた。
 昨夏のチームで印象的だったのが、選手たちの生き生きとプレーする姿だった。健大との決勝戦では、プレッシャーを感じるどころか、元気のいい声で仲間を盛り上げて伸び伸びと試合を楽しんでいるように見えた。
 井達監督曰く、「あの時は、『もっともっと伸び伸びしろ!』と言っていたんです。『誰も注目しないし、怒らないから、もっとだよ、もっとだよ』って」
 
 「樹徳の伸び伸び元気にプレーする指導を参考にするチームも出てくるのではないですか」と聞いてみると、「あると思いますね。あとは指導者がそこに気持ちをどう転換できるかどうかだと思います。それができればチームは随分、変わるんじゃないですかね」
 選手たちが伸び伸びと野球をする環境を作るのは簡単なことではない。
 「『自分たちで考えろ』と言うと逆に選手たちは真面目に考えすぎて消化不良を起こしてしまうこともあるんです。だから考えて動くのも、“馬なり”じゃないですが、流れに任せておけばいいと思うんですけど、なかなか指導者にとっては難しいことだと思うんです。全国の強豪校を見ると、そこを上手くやっている指導者が多いなと思ったんです。今は、トレーニングを一生懸命やっていれば、そんなに厳しくしなくてもいいんじゃないのかなと思います」(井達監督)
 以前は、細かい指導で厳しい面もあった井達監督だったが、当時のことを振り返り、「『共通理解があれば(厳しくしても)何とかなるかな』と思い、押しに押して指導をしていたんですが、まったく何とかなりませんでした(笑)。当然、当時の生徒たちもかわいかったし、でもそれだけじゃ上手くならない」
 
 指導方針を変えたのは、樹徳の1年生で野球部に所属する井達監督の息子の影響も大きい。
 「自分の子どもを見ていると、『自分に合わせろ』と言っても無理なんだな」と気付いたという。そして、「選手たちが伸び伸びと野球をしているチームは強い」と実感する。
 「伸び伸びできなくて、持っている力の半分も出せなかったらダメなんです。昔は自分もそういう(自分に合わせろというような)指導だったから、勝負所になると子どもたちが硬くなってしまうんです。今はもう全然、以前のような指導はしていないです。開き直っています(笑)」
 
 筆者が取材のために樹徳の野球グラウンドに着いたとき、入り口がわからず、ほんの少し辺りを見回していた時、その様子に気づいた3年生の佐下橋瑛都(さげはし・あきと)選手が迎えに来てくれた。誰に指示をされたわけでもなく、困っている筆者を見つけて自主的に動いてくれたのだ。そのことを井達監督に伝えると、「ウチは、状況を読める選手がいいと思います」と教えてくれた。

 井達監督が指導で重視しているのが、野球以外の普段の生活からコミュニケーションを大事にすること。寮がない樹徳では、選手は全員通学生。野球の時だけのコミュニケーションでは互いを知るのは難しいからだ。「普段の生活のコミュニケーションがしっかりしていれば、間違いなく野球も上手くなりますから」と井達監督。
 この他、登下校時の行動や担任や教科担当の教師との関りなど、生活面については細かく指導する。 「野球は特殊な世界だと思うので、それだけの関係だと野球が上手くならないし、チーム力もつかないと思います」(井達監督)
以前に比べて、「練習時間は短くなり、生活面のことばかり指導している」と井達監督は言うが、これが昨年の優勝につながったのは間違いない。
 「去年は、(チーム力がついたことで)こんなに勝ち上げっていけるんだ。こんなにも力を出すんだって思いました」
そして、今夏については、「今年もやれると思っています。みんなでニコニコしながら楽しく野球をやりたい。夏はチーム力の勝負だと思います」
 
 春は、準々決勝で商大附に0-3で敗れているが、敗戦についてあまり気にしていないようだ。それは、「冬のトレーニングの成果が表れてくるのは6、7月なんです。春は毎年ダメなんですよ。筋トレで体は大きくなるのですが、体のキレがまだ出ていない。体が瞬発系の筋肉に変わるのは夏なんです」という経験があるからだ。

 冒頭でも触れたが、今夏の中心になるのが、森主将と亀田捕手、清水投手の昨夏の甲子園経験メンバーだ。春はケガで出場できなかった長打力のある柳仁成選手、積極的な打撃が持ち味の田島寛大選手が復帰。バントや走塁などにも取り組んでおり、夏は打撃力の強化が実を結びそうだ。
 また投手陣も、最速146キロを投げる186センチの清水投手を筆頭に、サイドハンドからテンポ良く打たせて取る西田悠貴投手、183センチと恵まれた体格から力のあるボールを押し込む北爪優悟投手(2年生)、思い切りのある投球ができる石井真登投手(2年生)と、状況に応じて登板できるピッチャーが揃う。今春の大会では、伊勢崎商に7-0、農大二に4-0、商大附に0-3とピッチャー陣が好投し、失点は商大附の3失点だけだった。
 さらに、今年は中学時代に県で優勝経験のある選手たちがチームに揃っている。例えば、亀田捕手、柳選手、飯塚広輝選手、須永人和は館林ボーイズで中学3年の時に優勝を経験。森選手、原田陽汰選手は中学2年の時に桐生ボーイズで優勝している。チーム内に勝者のメンタリティーを持つ選手が多いのは武器になる。昨夏、試合に出ていた外野は全員桐生ボーイズ出身だった。

31年前に甲子園に出場した時に植えた記念樹。その時のキャプテンが井達誠監督である。

 今夏は、春の関東大会の頂点に立った健大に注目が集まる中、「ウチはまた目立たずに、スルスルっと行こうと思います」と語る井達監督。昨夏、選手がのった時の強さを見せてくれた樹徳が、県内一の“伸び伸び野球”で再び甲子園出場を目指す。

<了>