野球を通した人間形成を重視したチーム作りが強さの秘訣。攻守のバランスの取れた戦力で13年ぶりの甲子園出場を目指す。
2011年を境に、群馬の高校野球も私立高校の時代に入った。前橋育英が夏の甲子園で初出場初優勝を成し遂げてからは、前橋育英と健大、そして昨年は樹徳といった私立校が毎年、群馬の夏を制している。その強豪私立校と肩を並べる公立校が前橋商である。例年になく好投手揃いの今夏の群馬において、前橋商の坂部羽汰もその一人。このほか、今春、公式戦デビューをした191センチの清水大暉も最速148キロを投げるほどに球速が増しており、大器の片鱗を見せる。
打撃でも、プロ注目の4番真藤允宗を中心に、上位から下位まで状況に応じた打ち方ができるなど、打線が充実。攻守共にバランスのいいチームである。
夏の大会を前に、今夏の前橋商の戦力はもちろん、強さの理由を探った。
取材/Eikan Gunma編集部
切れ目のない打線が武器
大会まで約1カ月を切った6月14日。取材のために前橋商グラウンドを訪れたのだが、練習に励む選手たちの集中力と気迫から、甲子園出場にかける熱い思いが伝わってきた。
「夏はモチベーションが大事で、実力以上の力が出たり、逆に力が発揮できなかったりと、難しいところがあるんです。気持ちのコントロールが大事だと思うので、普段からそれを意識してやっていかないとなりません」と住吉信篤監督は語る。
今春の前橋育英戦では、6-3でリードしながら8回に一挙4点を取られて6-7で逆転負けを喫した。
春からの修正点は、攻撃ではチャンスで1本打つスキルを磨くことと、攻撃でも守備でも勝負所での集中力をつけること。
「今、夏の大会に向けて練習試合でいろいろと確認しているところなのですが、春の悔しい負けが彼らを成長させるものとなりました。前橋育英さんとの対戦で自分たちがこれまでやってきたことが間違っていなかったという気持ちになったと思うんです。だから気持ちがすんなり夏に向いたと思います。
新チーム発足後は攻撃力が弱いなという印象がかなり強くて不安もあったのですが、今は一人ひとりの役割がしっかりとできてきたなと思います」
夏に向け、上位から下位まで得点が狙える攻撃力がついた。前橋商打線の中心が1、2番を担う金子蒼生と齋藤隼。金子は50メートル5.9秒の俊足で、長打力もある。まず金子の出塁がポイントになる。齋藤も同6.1秒と足が速く、チーム一の打率を誇り、今春の樹徳戦でもヒット4本を打っている。4番の真藤允宗はどのチームからも警戒されるため、「精神的な支柱として4番に置いている」と住吉監督。もちろん、長打力もあり、プロからも注目される選手である。3番の小池絆はセーフティースクイズやエンドランも器用にこなすだけでなく、長打も打てるなどもこなせる選手で、住吉監督は「つなぎの3番」と呼ぶ。5番の渡邉奏磨もチャンスでの打率が良く、チーム一の勝負強さを誇ることから、渡邉もまた「つなぎの5番」。住吉監督は、「この辺が機能したから春は点が入ったなというのがあります」と、夏の活躍も期待する。下位打線を担う米山泰成(2年)と竹川菖悟の長打から上位打線につなぐことができるため、隙のない打線となっている。さらに下級生の高橋一輝、庭野涼介、上田飛空といった俊足の2年生たちも力がついてきており、さまざまな打順の組み合わせが可能だ。
守備では、投手陣の多くが大会を経験しているため、住吉監督は「誰が登板するか分からない状態」だと言う。昨夏を経験し、ストレートと変化球共に精度が高く、安定感があるエースの坂部を軸に、ストレートの質が高く、右打者、左打者に関係なく左右を広く使った投球ができる須田湧貴、191センチの長身から投げ下ろす打者の手元で伸びるストレートを持つ清水大暉(2年)、丁寧にコースをつける川端爽良も成長しており、投手陣も充実。なかでも注目したいのが清水。今春からベンチ入りして、前橋育英戦で1点ビハインドの9回に登板し、追加点を許さなかった。「春は試運転。現在は練習試合でも投げるイニング数や球数を増やしたりしているので、夏は普通に登板する予定です」と住吉監督も清水の成長を楽しみにする。NBPのスカウトが真藤を見にグラウンドに来た際には、清水にも注目していくという。
野球は人間形成の場
住吉監督が指導する際に大事にしているのは、野球を通した人としての成長だ。
「野球は人間形成の場でもあるので、人としての成長が野球の成長にもつながると思うんです。それぞれ育った家庭環境が違うので、昔に比べて今はさまざまなタイプの子がいます。一人ひとりに寄り添いながら気を配って、生活も含めて家族と同じように選手たちを見て、選手同士の絆を深めるような環境を作っていかないといけない。そこからまとまりのいいチームが生まれると思うんです。優秀な選手は3年間で野球でも人間的にも成長してくれます」
今回の取材でいい意味で驚いたのがマネージャーの対応だ。小雨が降る中、駐車場からグランドに歩いていくと、すぐにマネージャーが近づいてきてくれたので、「住吉監督は?」と尋ねると、「呼んできます」と言って監督室に呼びに行ってくれた。それだけではない。彼女の後を追って歩いていくと、監督室の出入り口のそばに水たまりがあり、靴が濡れないように浅いところ探して歩こうとして躊躇していると、その様子を見た彼女が「隣の審判の控室を使うのはどうでしょう」と住吉監督に提案してくれたのだ。おかげで靴を濡らさずにすんだのだが、相手の立場になって行動した彼女の気遣いに感動した。
こうした気遣いは、彼女だけではなく、今回取材をした選手たちからも感じられ、まとまりのあるチームだと思った。
住吉監督は、「グラウンドに来た人が気持ちがいいと感じてもらえるようにすることが、高校生にもできるんだよと生徒に発信しています。『周りから応援されるような、愛されるようなチームを作ろう』といつも言っているんですけど、そのために生徒たち一人ひとりが考えて、毎日、選手間でミーティングしているんです」と教えてくれた。
夏の大会に向け、選手たちのモチベーションを高めるのに苦労しているチームがある中で、前橋商の選手たちが意識を高く持ち続けながら練習に励めるのは、練習の意味を考え、目的意識や目標を明確にしているからだ。そして常に試合を想定して練習し、ミスをそのままにしないように取り組んでいる。ミスが起きた時には、その原因を考え、選手同士で学年ごと、ポジションごとに話し合いながら、個人とチームの成長につなげている。これも、毎年強いチームを作りあげる秘訣なのかもしれない。
攻守共に戦力が充実している今夏、前橋商は、13年ぶりの優勝を狙うだけでなく、2012年の高崎商の優勝以来の公立校の甲子園出場を目指す。
前橋商の初戦は7月9日(予定)の午前9時から、農大二と高崎城南球場で戦う。
<了>