群馬クレインサンダーズ
星野曹樹
サンダーズの選手でどうしても話を聞きたい選手がいた。それが星野曹樹選手だ。プロ選手としてプレーする道を一度捨ててまで、なぜ今季、練習生からサンダーズに加入し、またプロ選手になるための厳しい道を選んだのだろう――。そこには選手として成長したいという熱い思いがあった。
文/星野志保 写真提供/群馬クレインサンダーズ
取材日/2023年2月27日
――星野選手は小学生のときはバスケットボールではなく、野球をやっていたと聞いています。なぜ中学では野球をやらずにバスケをやろうと思ったのですか。
正直に言うと、中学で野球部に入ると髪を刈り上げなければならなかったんです。それが嫌でバスケ部に入りました。でも帝京長岡高校に進学してバスケットを続けることになったとき、ちゃんと頑張ろうと決意して髪を刈りました。
――実家は魚沼市ですが、帝京長岡まで通っていたのですか。
学校が長岡市だったので1時間ぐらいかけて通っていました。特に冬は大変で、雪で電車が動かないときは父に車で送ってもらったりして高校に通っていました。
――白鷗大ではインカレ4位になったほか、U22、24と年代別代表にも選ばれました。そして大学4年次に地元・新潟アルビレックスBBに特別指定選手として加入し、大学卒業後にそのまま新潟とプロ契約をしました。大学とプロとの違いはどういうところで感じましたか。
職業としてバスケットをする重みです。大学のときも結構、多くのお客さんが試合を見に来てくれていたのですが、やはり給料をもらってバスケットをするということは、コートでパフォーマンスを最大限出さないといけないし、結果を出さなきゃいけない。そういうプレッシャーを感じながらお客さんの前でプレーする重みをすごく感じました。
――2022年5月に新潟を離れる決意をして、プロ契約を捨ててまでも練習生としてサンダーズに加入したのはなぜだったのですか。
もちろん、新潟に残ってプレーする道もありましたが、もっと成長しなきゃいけないと考えると、新潟ではなく違う環境に身を置きたいという思いが強かったんです。
新潟は昨季24連敗を経験し、選手一人ひとりがバスケットを楽しむことを忘れてしまっている部分があったので、選手同士の意思疎通が図れない状況にありました。そんな中でもベテラン選手やヘッドコーチが最後まで戦おうと頑張っていましたが、僕自身、環境を変える必要があると思ったんです。
――8月にサンダーズに練習生契約で入って、12月に選手契約をしましたね。
本当に、「いつ練習生を辞めてもいいよ」という立場だったので、ずっと緊張の中で生活をしていました。そういう環境の中でも自分に言い訳せずに毎日、自分のやるべきことをしっかりやろうと思って取り組んでいるところを水野宏太HCが見ていてくれて、選手契約をしてもらいました。
――練習生も、選手たちと同じ練習をするのですか。
チーム練習が2時間あるとしたら、練習に参加させてもらうのは40~45分ぐらいです。あとはコートの外で練習を見ていました。難しい部分もありましたが、サンダーズの選手たちのレベルが高くて、自分と同じポジションの選手もすごい練習量で、練習から試合を意識して一つひとつのプレーに対して考えながらプレーしているのは、見ているだけでも勉強になりました。いつか選手契約をしてもらったときに、自分もこういうプレーをしようと考えながら練習を見ていたので、それだけでも学ぶことは多かったです。
――サンダーズでは練習生からスタートしましたが、このチームに来て選手として成長したなと思うところはどこですか。
本当の意味で、自分を知ることができたことです。これまで挫折を経験しないままバスケットをやってきて、新潟でも試合に出ることが多く、試合に出られないときのほうがむしろ少なくて、なおかつ練習にも参加できない環境も初めてでした。そんな中で今の自分の能力の現在地を知らないで、「もっとできる」と思ってしまったら、試合に出られないことに不満を感じてどんどんマイナスの方向に行ってしまうんだなと学びました。
練習生のとき、アウェイの遠征に連れて行ってもらったことがありました。その中で自分がチームに対してできるのは、荷物運びをしたり雑用をしたりすることだと思い、これは選手契約じゃなくてもマネージャーじゃなくてもできるので、そこはしっかりやろうと行動しました。正直、不安や葛藤もありましたが、選手契約をするときに水野HCから、「そういうところも見ていて、チームに欲しいと思った」と言ってもらえたときは、「プレー以外のところでも手を抜かずにやっていてよかったな」と思いました。チームのために頑張ろうという姿勢を見てもらえて評価していただいたことが一番うれしいです。
――12月1日に選手契約のリリースがクラブから出て、3日のアウェイ・茨城ロボッツ戦でベンチ入りし、4日に初めてサンダーズの選手として4分4秒コートに立ちました。初めてサンダーズのメンバーとして試合に出た感想はいかがでしたか。
茨城戦の次がホームの名古屋ダイヤモンドドルフィンズ戦で、本当にタフな試合でした。この3試合で約15分というプレータイムをいただき、(名古屋戦では1試合目に5得点、2試合目に1得点を決め)自分ができるプレーをしっかりアピールできたと思っています。
実は、本契約の話をしていただいたのが11月下旬のホーム開催の試合後だったんです。ロッカールームにいた(並里)成さんに「(契約を)勝ち取ったよ」って言ったら、それを聞いていた他の選手からも「よかったな」って褒めてもらって、「本当にいいチームだな」って実感しました。外国籍選手も「ウェルカム」って言ってくれて、トレイ(・ジョーンズ)も「遅すぎるよ」って……、ようやくみんなの期待に応えられたんだなと思い、本当にうれしくなりました。
――星野選手がこのチームに求められていることとは何ですか。
やっぱりディフェンスです。試合の流れを変えられるディフェンスを評価してもらっているので、自分が試合に出たときは、プレータイムに関係なく、自分の求められる仕事を徹底してやっていきたいと思っています。
――登録はSF(スモールフォワード)ですが、PF(パワーフォワード)をすることもありますね。
ポジションは、SFとPFです。サンダーズでデビューした茨城戦がPFで、名古屋戦ではSFでプレーしたりと、いろんなポジションを経験することが多いんです。でも練習ではSFでプレーしています。どちらかと言うと自分はビッグマンではなく、SFで頑張っているので、シュート力とディフェンス力を磨いて、さらにボールハンドリングも意識し、選手として成長できるように努力しています。
――東海大学2年生のハーパー・ジャン・ローレンス・ジュニア選手(J)が特別指定でチームに加入したとき、ベンチ入りの人数の関係で、星野選手がベンチに入れないこともありました。そのときはどんな気持ちだったのですか。
悔しい気持ちが顔に出てしまったこともありましたね……。それを水野HCに見られていました。Jはこのチームに来て、アグレッシブにアタックして自分の価値をプレーで証明してベンチ入りを勝ち取ったので、そこは自分も評価すべきところでした。
チームの求められていることに応えられる選手がベンチに座るべきだし、ベンチ入りできなくて落ち込んでいても仕方ないことなんです。Jはまだチームに合流して間もない時期で、チームプレーで分からないことも多かったと思いますが、そんなJに対して自分は快く教えるべきだと気づきました。それは、チームの最終目標はチャンピオンシップ(CS)に出ることなので、チーム一丸となって戦うことが必要だからです。そのためには、自分もいつ試合に出てもいいように、試合日は朝9時からホーム戦が行われる体育館で自主練習をしたり、試合が終わった後のコートでワークアウトしたりして、いつでも試合に出られる準備はしていました。
Jは3月8日で特別指定での活動が終わりますが、そこでまた自分がベンチに入ると思うんです。そこで慢心することなく、あきらめることなく、シーズンを最後までやり切りたいなと思っています。
――そういうところに気づけたことは、選手としてもプラスになるのではないですか。
そうですね。先ほども言いましたが、本当の意味で自分を知ることができたシーズンだと思いますね。
――そう思えることはすごいことだと思います。
いや……、時間はかかりましたけどね。やっぱり、プロの世界って、誰かが忠告してくれることってあんまりないんです。一般の人だったら誰かが指摘してくれるケースもあると思うんですが、プロのスポーツマンである以上、自分がすべて、結果がすべてなので、そこに気づけたのは大きなことだと思います。
――いよいよ4月15日から、新アリーナでの試合が始まります。これまで以上に多くの人たちが試合を見に来てくれますが、その人たちにどんなプレーを見てほしいですか。
まずはバスケットを楽しんでほしいので、皆が楽しめるバスケを意識してプレーしたいですね。そしてCSに出られるか出られないかの瀬戸際になってくると思いますので、勝利を皆さんに届けることを意識してプレーしたいです。これから1戦も落とせない戦いが続きますし、水曜ゲームも多くなってきてハードなスケジュールになりますが、その中で同地区同士の戦いも増えてくるので、ワイルドカード2位以内をしっかり勝ち取れるように頑張りたいと思います。
――将来、プロバスケットボール選手になりたいと思っている子どもたちにアドバイスをお願いできますか。
今の時代、スポーツより「勉強しろ」と言う保護者の方が多いんじゃないかなと思うんです。自分も受験勉強して大学に入ったんです。元々、バスケットは高校までにして、理学療法士になろうと考えていて、進学先も決まっていたんです。でも、どうしてもバスケットをあきらめきれずもう一回やりたいと思って、急遽、一般入試で白鷗大学の試験を受けたんです。受験まで1カ月しかありませんでした。
勉強もちゃんとしてバスケットにも手を抜かないという文武両道を貫いてプロになった選手は多いです。バスケットだけが人生じゃないし、選手を終えた後の人生の方が長いので、バスケットだけでなく勉強も大切にしてください。そして、とにかくバスケットを楽しんでください。
「やる」と決めたら必ずあきらめずに最後までやり切ることを意識すれば、夢は叶う……とは言い切れないですけど、努力したことは裏切らないので、そこは意識してほしいと思います。
今、自分がプロになって思うのは、「好きなことを仕事にできるのは本当に素晴らしい」ということです。今後は、自分みたいな選手でも努力すればプロになれるんだっていうことを、多くの人たちに発信していきたいと思っています。
<了>
■Profile
星野曹樹(ほしの・ともき)
1997年11月5日生まれ、新潟県出身。魚沼市立堀之内小学校~魚沼市堀之内中学校~帝京長岡高校~白鷗大学~新潟アルビレックスBB。今季は、プロとしての成長を考え、新潟との契約更新をせずにサンダーズに練習生として加入。自ら厳しい道を選ぶ。12月1日に選手契約を勝ち取り、12月4日の茨城戦でサンダーズの選手として初めてコートに立った。今季は3月26日終了時点で、18試合に出場し13得点、17リバウンドを挙げている、ポジションはSF、195㎝・90㎏。
<代表歴>
2018年 第41回李相伯日韓大学バスケットボール競技大会
2019年 第42回李相伯日韓大学バスケットボール競技大会
2019年 第41回ウィリアム・ジョーンズカップ 3位