フロント改革も始まった群馬クレインサンダーズ。スポーツを軸にした地域創生の先進事例を作る

9割以上の勝率で、レギュラーシーズンをB2首位で突破した群馬クレインサンダーズ。今季は、チームだけでなくフロントの強化も行われた

 52勝5敗、勝率.912で、ホーム戦負けなしという驚異的な成績でB2リーグを首位で突破し、5月8日から始まるプレーオフを戦う群馬クレインサンダーズ。今季はチームが強いだけでない。サンダーズの運営会社である株式会社群馬プロバスケットボールコミッションが、2020年7月に東証1部上場の株式会社オープンハウスの完全子会社となったことでフロントの強化にも力を入れ始めた。
 中でもサンフレッチェ広島(Jリーグ)、東北楽天ゴールデンイーグルス、埼玉西武ライオンズ、横浜DeNAベイスターズ(以上、NPB)と、数々のプロスポーツチームのフロントを経験し、Bリーグ創設にも尽力するなど、プロスポーツビジネス一筋20年以上のキャリアを持つ安田良平さんが、今季からサンダーズのフロントに関わっている。なんと、コロナ禍ではあるものの、リーグ終盤はチケットが完売するなど、フロントも頑張っている。
 群馬県民のサンダーズの知名度がわずか8%という状況から、どのようにサンダーズを群馬に浸透させようとしているのか、また日本一のクラブにするためにどんな取り組みをしているのかを安田さんに伺った。

取材/星野志保  取材日/2021年4月2日

「強ければお客さんが入る」はスポーツ業界の勘違い

――今季は、オープンハウスの完全子会社となって、フロントの改革も進み、コロナ禍で観客入場者数が50%に制限される状況であっても、多くの観客が会場に来てくれるようになりました。試合会場では、スタッフ一人ひとりが「おもてなしの心」を持ってファンに接している姿が印象的です。

安田 まだスタッフがその意識を持ち始めたくらいです。昨年8月にサンダーズに来たのですが、当時から考えればすごく変わったと思います。

――スポーツ業界はサービス業。スポーツ業界は特別だと勘違いをし、客や関係者に対して横柄な態度をとるプロスポーツクラブを見かけます。そういうクラブは何年経っても経営が上手くいかず、チームの成績も低迷しているように思います。

安田 スポーツ業界によくある勘違いが、「強ければお客さんが入る。選手が魅力的だとお客さんが入る。そして売上が上がる」ということです。それは全然違うんです。僕はよくラーメン屋に例えているのですが、「味を極めなければ、お客様は来ない」じゃなくて、どれだけお客さんに店を知ってもらうか。それから、ラーメンが美味しくても、店員の態度が悪かったら、二度と行かないでしょう。ラーメンの味がある一定の満足を超えていれば、後は接客なんです。これはスポーツ業界も同じです。
 結局、お客様に来てもらうには、「人」が大事。せっかく来てくれたお客様には、不快な思いをせず、満足して帰ってもらいたい。ラーメン店で、店主がぶすっとしていて、感じが悪かったら、「もう行かない」と思うし、床とかにゴミが落ちていただけでも次は行かないと思われてしまう。それと一緒だと思うんです。プロスポーツのクラブチームとして、フロントスタッフにできることには限界があるし、制約はあるけれども、お客様の気持ちに立って当たり前のことをできる限りちゃんとやっていくのは絶対に必要です。
 スポーツ業界に限らず、接客業をやっているところはどこでも一緒で、「あの人がいるから来よう」と思ってもらう。それは選手だけじゃなくて、スタッフでもいい。多くのお客様にそういう気持ちを持ってもらう。ファンに支えられている。それを忘れてはいけません。
 現実としてスポーツチームは、生活インフラにならない限り、世の中からなくなっても困る人はいないんです。それなのに体育館を優先して使わせてもらっている。ポスターを貼らせてもらっている。その他にも様々な形で色々な方にご支援いただいている。それは皆さんが期待しているからなのです。さらに我々は「群馬」を背負って、全国で戦っている。いろんな人の思いが詰まったクラブなんです。だからこそ、勝った負けたで終わるのではなく、サンダーズが町の人たちに何らかの元気や勇気をもたらさなければなりません。それもバスケファン以外の方々にも。やっぱり我々は町の人たちに奉仕する形にしないといけないなと改めて思いました。
 今、チームが強いからこそ、逆に伝えやすいときでもあります。「勝っているからお客さんが来てくれるんじゃないよ。それ以外の部分でしっかりやれているからお客さんが増えているんだよ」と。
 チームが強くて町が盛り上がって、日常生活の中で、勝った、負けたという会話が町の人たちの間で出るようになったらうれしいですね。我々が日本一を目指しているのも、皆さんの日常生活の会話に出てくるクラブにしたいからなんです。

――クラブが2012-13シーズンに誕生しましたが、昨季までの群馬でのクラブの知名度はわずか8%という調査結果がありました。知名度を上げるためにするべきこととは何だったのでしょう。

安田 今いるファンをよく知ることと、このクラブに対しどんなことを求められているのかをまず知らなければいけないと思いました。あとは、クラブの中がいろんな意味で雑だったんです。まずはきちんとお客様を迎え入れるという意味で、当たり前のことを当たり前にやっていくことを意識しています。
 幸い、シーズンが始まる前から今季のチームは強いだろうと思っていましたし、実際に、結果も残っています。まずお客様の関心を引くにあたってチームが強いということは大変ありがたい状況なので、そこをしっかりと伝えいくことを意識しました。
 すぐにお客様を増やすには、八村塁(NBA/ワシントン・ウィザーズ)やステフィン・カリー(NBA/ゴールデンステート・ウォリアーズ)といった誰でも知ってるスーパースターを連れてくるしかないんです。でも現実的ではない。では今、何をやるかと言ったら、一歩一歩やっていくしかないんです。

4月17、18日に太田運動公園市民体育館で行われた試合は、両日ともチケットが完売した

――安田さんは、自身で公開しているnoteの中で、スタッフが、コート外でも選手の価値を高めることが大事だと書いていましたが、具体的に教えてもらえますか。

安田 スポーツ業界の仕事を芸能界に例えると、選手がタレントで、我々は芸能事務所のスタッフだと思うんです。我々スタッフは、選手がプレーだけではなく、どうやったら輝くのか、どうやって選手を育てて、選手が輝く場を作ってあげられるかを考えなければなりません。そのためには選手に対して、時には面倒に感じる要求もしなければなりません。
 僕自身、バスケットボール選手の生活をよりよくしたいという思いがありますので、選手の年俸も上げてあげたい。それは現役のときだけの年俸ではなく、生涯にわたって安定した生活が送れるようにすることもそうです。選手の年俸は、プレーのクオリティーで多くは決まってしまうと思いますが、30歳で引退すると、まだ50年ぐらい人生は続くわけです。選手のすごいところは、選手っていうだけで、多くの人が知っている。特にファンやスポンサーは、選手というだけで「すごい」と思ってくれます。引退後も「応援するよ」と言ってもらえるような人間性のしっかりした選手を育てられるようなクラブにしていきたいと思っています。

――そういえば、サンダーズには髪を金髪などの派手な色に染めた選手はいないですね。

安田 サンダーズとしても会社のブランドイメージがあります。それと同じようにフロントも、お客様の前に出るときには、男性スタッフならネクタイとジャケットを着用するなど、ドレスコードを厳しくしています。お客さんをお迎えする際に、不快にさせないようにきちんとした正装をすることを、スタッフにはかなり強く言っています。これは、当たり前のことなんですよね。最低限、そこをやらないとお客様から支持されません。
 現時点で、作ったルールをきちんと運用できているかと言ったら、まだまだちょっとしたところで気が緩むところもあります。結局、日々の心の乱れが、お客様に対しても出てきますので、そこをきちんとできないとお客様を迎え入れられないんじゃないのという思いは常に持っています。チームにルールがあるように、スタッフにもルールはあります。ですから、「こうやりましょう」と決めたルールに対しては、かなり強く繰り返しスタッフには伝えています。だから社内では嫌われていますよ(苦笑)。でもだいぶ、そこに対して理解してくれるスタッフは増えてきています。

――今季、中途採用と新卒採用を積極的に行っていますが、採用する際に重視しているのはどんなところなのでしょうか。

安田 新卒の採用と中途採用の面接は、すべて僕が担当しているのですが、新卒の場合は「この業界に入りたい」じゃなくて、「入って何をやりたいのか」をきちんと持っている人。それは中途採用でも同じです。「スポーツ業界で働きたい」「サンダーズで働きたい」じゃなくて、サンダーズに関わって何をしたいか。これには正解がないので、自分の実現したいことをしっかりと持っている人というのが採用の前提条件ですね。
 それにプラスして、明るく、礼儀正しく、しっかり会話ができるコミュニケーション能力の高い人。ウチは小さな会社です。社内でも社外でもコミュニケーションの塊のような会社なんです。社内はもちろん、ファンや行政の人、企業の人たちらと話をするので、相手の立場に立ってコミュニケーションができることが求められます。
 それから中途採用の場合は、これまで何を考えて仕事をしてきたのかということを見ます。そういうものをしっかりと持っている人を採用したいと思っています。

――採用の部分でもしっかりとしたビジョンを持っているのですね。

安田 クラブ運営はお金も大事なんですが、結局、最後は人。そこがしっかりしていないと、クラブ運営はうまくいかないと思います。僕の経験上、集まっている人の思いが一致しているかどうかが大事だと思っています。
 うちの会社のスタッフは、意見を言える人が多いんです。人間同士なのでぶつかり合ったりもしますが、ダメなところはしっかり指摘できる。そういう良い文化がこの会社にはあると思いますし、そこは財産だなと思いますね。

――昨年末から募集をしていますが、どれくらいの応募があって、何人ぐらい採用する予定なのですか。

安田 履歴書を送ってくれた人は100人以上です。おかげさまで応募数が多いんですよ。12月の下旬から募集して、いったん3月上旬で締め切ったんですが、先週(3月下旬)からまた中途採用を再開したので、毎日、履歴書が届いています。「サンダーズで働きたい」という意思をいただいているのは本当にありがたい限りです。
 採用に関しては、中途採用で10人ぐらいは増やしたいと思っています。新卒採用は、現時点(4月2日現在)で3人に内定を出しました。4月に4年生になったばかりの大学生で、インターンをしたり面接を受けたりしています。

――今季は、一つひとつのことを進めるスピードが格段に速くなっていると感じます。例えば取材をお願いすると、数時間後には取材日時が確定しているような今までにないスピードです。

安田 それは会社の文化です。めちゃくちゃスピードは速いですよ。ビジネスは、スポーツ業界に限らず、結果はわからない。依頼が来るときは、相手に熱があるときなので、それに応えるためにすぐに判断。かといって間違っている決断もないとは言えないですが、スピードが速い分だけすぐに軌道修正もできるんです。太田市には、スポーツ業界の常識を変える価値づくりの可能性がある。

ショッピングセンターなどでのチケットやグッズの販売を通して、多くの人たちにサンダーズの魅力を伝えている(写真提供/群馬クレインサンダーズ)

太田市には、スポーツ業界の常識を変える価値づくりの可能性がある。

――来季、B1で戦うことを目指し、2022-23シーズンには日本一を狙えるチームに成長させるという明確な目標があります。この目標を達成するためにフロントがやらなければならないこととは何だと思いますか。

安田 チームが強い、体育館も夢のアリーナとして自慢できる立派なものができる。
ここまではなんとなく想像できますので、アリーナを常にお客様であふれるような場所にしていきたいと思います。
 選手は、場の空気を読んで実力を発揮できたりできなかったりすると思うんです。どうやったら選手が100%の実力を発揮してもらえるかと考えたとき、満員の会場だったら選手のテンションは上がる。フロントの仕事はそういう場を整えてあげること。では、どうしたら満員のお客様に来てもらえるかと、週末の試合の開催前までに、我々が「サンダーズって、こんなチームですよ」といろんな人にお伝えし、どれだけチケットを買っていただけるかどうかなんです。スポーツチームの集客は、実は、試合日の前には結果が出ているんです。なぜなら試合日に当日券を買う人はそんなに多くないですから。
 多くのお客様にチケットを買ってもらうには、いろんな話題づくりもそうですし、メディアに多く取り上げてもらうこともそうですし、SNSでの発信もそうなんですけど、結局、サンダーズの魅力を人に伝えることが大事だと思うんです。例えば、テレビCMなどのお知らせを見ても、試合を見に行こうとまではなかなか思わない。でも、家族や友達や知り合いが「面白かったよ」言えば、「今度、行ってみようかな」となると思うんです。
 サンダーズの魅力を一番知っているのがクラブで働いている人間なので、現在のコロナ禍では大変なこともありますが、できるだけ多くの人に会って直接サンダーズの魅力を説明して、「ぜひ試合会場に来てください」という活動をしていくことが大事だと思っています。
 太田市の人口はおよそ22万人。新アリーナができる2023年までに、太田市民全員にサンダーズの魅力をお伝えできるくらいの気概を持って活動したいと思います。我々の目指すところは、お客さんに試合会場へ来てもらうだけではなく、「太田市にサンダーズがあってよかった」「サンダーズが太田市に来てよかった」と、太田市民はもちろん、これまでお世話になった伊勢崎市や前橋市の人たちにも思ってもらいたいんです。来季からホームタウンが前橋市から太田市に変わりますが、前橋市と(クラブ創設時のホームタウンだった)伊勢崎市に恩返しをするためにも、我々は決意を持ってやらないといけません。
 まずは太田市で活動の足元を固めて、その輪をどんどん県内の他地区へと広げていきたいと思っています。幸いなことに、現在、太田市が全面的にバックアップしてくれていますし、群馬県も協力してくれています。それを生かして、多くの人と接点を持って、皆さんに振り向いてもらう。そのためにはスタッフの数は多ければ多いほどいい。

体育館の敷地内に設けられたグルメパークにはたくさんの客でにぎわった(4月18日、太田市運動公園市民体育館)

――太田市の全面協力を得られているのも、クラブとしては心強いですね。

安田 僕自身、太田市とやり取りさせていただいていた中で思ったのが、アリーナというハード面の注目度は高いんですね。最近では、沖縄県に8000人収容の沖縄アリーナができました。
太田市に23年に完成する新アリーナは規模的には沖縄アリーナを下回りますがソフト面に力を入れたいですね。太田市にとっても可能性があるのがソフト面。太田市は株式会社スバルの城下町です。サンダーズが太田市に移転することで、スポーツの町にもなります。今後、太田市は、工業とスポーツの2軸で発展していこうとしています。
 行政からすると、スポーツクラブに関わることって面倒なことも多いんです。例えば「ポスターを貼ってくれ」「広告してくれ」「市長に表敬訪問させろ」「練習場を用意しろ」「体育館を使わせろ」「使用料を安くしろ」等々とお願いばかりが実態で…(苦笑)。でも太田市はその部分に対しても理解してくれていて、逆に「ああしたらどうか」「こうしたらどうか」と提案してくれます。
 僕は、長年スポーツ業界にいますが、まだ実績のないクラブに協力的な行政は聞いたことがありません。太田市にとっては未知数であるサンダーズに対し、すでに様々な形で全面的に協力してくれるのは、期待の現れでもあり、とても幸せなことだと思うとともに、責任の重さも痛感しています。
 この業界で地域とうまくやっているのは、例えば、Jリーグの川崎フロンターレや鹿島アントラーズです。サンダーズにはそれらを超えるぐらいの可能性はあると感じています。サンダーズの親会社のオープンハウスも、行政と協力し合っていこうと考えています。
 太田市には、スポーツ業界のこれまでの常識を超える街づくりの可能性があります。太田市と同じ20万人規模の都市はたくさんあり、栄えているところもあれば、さびれているところもある。都市部を除き、日本全体でどんどん人口が減っていく中で、町同士の競争も始まります。我々は、太田市で、アリーナを核とした地域創生の先進事例を作りたいと考えています。全国各地から、アリーナ(ハード面)を含めた町(ソフト面)を「視察をさせてください」「勉強させてください」と依頼が来るような状況を、太田市とクラブとオープンハウスの三位一体で作っていきたいと思っていますし、それができなければこのクラブの魅力はなくなるんだろうなと思っています。
 太田市民が誇りに思うクラブを作るためには、選手やクラブのスタッフが「バスケを見せてやっているんだ」という姿勢ではなく、「バスケをやらせてもらっている」という謙虚な気持ちを常に持つことが必要です。それができなければ、地域創生の先進事例にはなれないと思っています。

――それができれば、「群馬と言えば群馬クレインサンダーズ」と県外の人たちのへのアピールできますね。

安田 それを目指しています。サンダーズを群馬県の観光名所の一つにしたいし、わざわざ遠くから群馬まで試合を見に来てもらえるようなチームにしたい。サンダーズ目的で引っ越す人も増やしたい。それができれば、周辺地域の経済が活性化し、地元への恩返しにもなりますから。
 隣の栃木県には、宇都宮ブレックスという良いお手本があります。東京からもたくさんのお客様がブレックスの試合を見に宇都宮市に来ています。良いところはどんどん真似して、それに群馬のオリジナリティーとなる町に合ったエッセンスを加えて、独自のクラブづくりをしていきたいなと思います。

<了>