群馬の野球レベルを高めた両校の熱き戦い<2> 健大高崎×前橋育英


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2021年3月19日に、第93回選抜高校野球大会が開催される。昨年は新型コロナウイルス感染の影響で中止となったセンバツ。今年は群馬から、関東大会を制した健大高崎が出場する。圧倒的な打撃力を誇る健大高崎が機動破壊からいかに進化していったのか――。2018年10月に発表された記事を紹介する。

©星野編集事務所 ©菊地高弘 ©立川一光


健大高崎野球部(2018年10月11日撮影)

ライバル――。まさに健大高崎と前橋育英の両校野球部の関係がそうだ。2013年からは春夏含め、必ずどちらかが甲子園へと駒を進めている。互いに切磋琢磨する両校の熱き戦いに迫った。

文/菊地高弘  写真/立川一光   企画編集/星野志保

<1からの続き>

県外生を積極採用する理由と
「機動破壊」が生まれた背景

 前橋育英と健大高崎。今や全国的に注目される群馬県高校野球界の二強だが、両校が甲子園に出るようになったのは2011年以降のこと。まだ歴史は浅いのだ。
 2011年春のセンバツに前橋育英が初出場すると、同年夏の選手権には健大高崎が初出場。以来、今夏までのべ16校が群馬から甲子園に出ているが、その内訳は前橋育英6回、健大高崎6回、桐生第一2回、高崎商1回、高崎高1回。出場回数だけでなく、甲子園での活躍ぶりも前橋育英と健大高崎が突出している。2012年春に健大高崎がセンバツベスト4に進出すると、2013年夏には前橋育英が日本一に。
 同時期に甲子園で華々しく輝き始めた両校だが、その歩みはともに順風満帆とは言いがたかった。2002年から健大高崎の監督を務める青栁監督は言う。
「荒井さんも私も同時期に監督になって、最初に苦労して『どうやったら勝てるのか?』と四苦八苦したことは一緒です。なんとしても公立全盛の群馬に風穴を開けたい。私学の中でもトップ級だった桐生第一に勝ちたい……と」
 今でこそ立派な専用グラウンド、室内練習場、トレーニング施設と充実した環境を備える健大高崎だが、2007年まではグラウンドすらなかった。青栁監督もコーチ経験がないまま監督になったこともあり、「野球以前の問題が多くて、光の見えない暗闇で無力さを感じる日々でした」ともがき続けていた。
 また、健大高崎に対して「群馬出身の選手が少ない」と批判的な見方をする高校野球ファンもいる。だが、青栁監督は「何も 気にしていません」と断言する。
「世の中にはさまざまな高校があって、それぞれに役割があると思うんです。ウチとしては、今はグローバルな時代ですし、県内・県外という狭い枠でとらわれていてはいけないと考えています。大学のように、『この学校に行きたいから』という理由で生徒に選んでもらえることに意味があると感じます。それに、彼らも覚悟を持って群馬県にやって来て、住民票を移して戦っているわけです。彼らも群馬県人として戦っているつもりですよ」
 一時は「県外高崎」と揶揄されたように、県外出身の選手を積極的に受け入れて強化したことは事実だが、健大高崎の本質はむしろ別の要因にあるのではないか。
 健大高崎の野球部は青栁監督を筆頭に外部スタッフを含めて10人からなる指導陣がいる。「機動破壊」の源である走塁面を指導するのは葛原毅コーチ。その父である葛原美峰コーチはデータ分析などのアナリストとして助言を送る。他にも投手陣を主に指導する生方啓介部長、1年生やBチームを指導する沼田雄輝コーチら、それぞれに役割分担がある。
 青栁監督はその意図をこう説明する。
「今や1人のカリスマ監督が統(す)べる時代ではないと思います。コーチが増えれば増えるほど考え方の違いも出てきますが、私は違いがあってもいいと思うんです。チームとして一つの指針に向かって、運命共同体としてやっていけばそれでいい。コーチも自分の思い通りにやれないとやりがいも感じませんから」
 会社組織のようにそれぞれに持ち場があり、思う存分に腕を振るったからこそ、健大高崎の「機動破壊」は生まれたのだ。

前橋育英野球部(2018年10月6日撮影)

前橋育英が大舞台に強い秘密
技術以前に大事にすべきこと

 一方、前橋育英の荒井監督も長い雌伏の時を過ごしてきた。前任校であり、母校でもある日大藤沢監督時代には、選手から練習をボイコットされたこともある。
 1999年に前橋育英のコーチに就任してからも、トラブルは続いた。荒井監督は当時をこのように振り返る。
「能力の高い選手はいたのですが、とにかく野球以前に生活面での問題が山積みでした。今日はどんな問題が起きるのかな……と毎日思っていました」
 時間をかけて寮生活から改革し、それが今の前橋育英の礎になっている。その過程で大きなキーワードになったのが「凡事徹底」である。
「イエローハット創業者の鍵山秀三郎さんの言葉ということは後で知ったんですけど、『本物とは中身の濃い平凡なことを積み重ねること』という考え方がすごくいいなと思いました。当たり前のことをしっかりとやる、ということですね」
 荒井監督は「練習後の片づけを見ていれば、チームの本質が見えます」と言う。選手たちは誰が見ていようと、見ていまいと、自分の仕事を全うする。平々凡々とした積み重ねが、選手たちを「本物」へと導く。
 そして、前橋育英の片づけを見ていると、いい意味で誰が下級生で誰が上級生かがわかりにくい。誰かが高圧的に取り仕切るわけでもなく、黙々と自分の仕事を遂行していく。そんな感想を口にすると、荒井監督は「そうでしょう?」と笑った。
「僕は上下関係について、こう思うんです。監督が選手に厳しいと、それが下に下りていく。つまり上級生が下級生に対して厳しくなるんです。僕は選手を甘やかしているつもりはありませんが、選手一人ひとりを大事にしているつもりです。監督が選手を大事にすれば、上級生も下級生を大事にする。それが『人を大事にする』ということにつながると思うんです」
 レギュラーであろうと控え部員であろうと、荒井監督は「1日1回は全員と話そうとしている」と語る。それが監督と選手との信頼関係につながる。前橋育英のOBの多くが「また監督さんと一緒に野球をやりたい」と語る背景には、こんな積み重ねがあるのだ。そしてそれは、健大高崎の青栁監督が「前橋育英の選手は大事な試合でものびのびとプレーしている」と語った根幹につながるのかもしれない。荒井監督は言う。
「ウチの強みは人間としての土台を作る。そこしかないと思っています。いかに人間としての根っこを深く、広く張れるか。選手には『県大会だろうと、甲子園だろうと、普通の練習だろうと、すべて一緒』と言っています。毎日が特別だと思って生きていれば、常に同じ気持ちでやれるはずです。たとえばネクタイをだらしなく結んでいる生徒がいたら、『今日が大学の面接の日でもその格好なの?』と聞きます。監督もそうです。甲子園のベンチでも笑いますし、普段の練習と同じ雰囲気を出しています」
 前橋育英の練習を見ていると、意外に思えるシーンがある。それは、選手がどんなミスを犯しても、荒井監督が声を荒らげることがないのだ。荒井監督は「高校生くらいになれば、なぜ自分がミスしたのか考えることができるから」と説明する。技術的なことでは怒らないかわり、生活面の指摘は何度も何度も徹底するという。
 選手たちは監督から叱責される恐怖から解放され、大胆に攻めたプレーができる。そして練習も公式戦も同じようなメンタリティーで戦う訓練をしているから、練習通りのプレーを大事な試合でも発揮できる。それが前橋育英の強さにつながっている。

穏やかな口調で語ってくれた青栁博文監督

大きな借りを返すために……
健大高崎の改革と夏への勝算

 夏、秋と前橋育英にダメージの強い連敗を喫した健大高崎は現在、さまざまな改革に取り組んでいる。
 そのひとつは「練習時間の短縮」だ。結果が出なければ、より練習したくなりそうなものだが、あえて短くしたのは理由がある。青栁監督は言う。
「練習時間が長いと、人間誰しも集中力が持たずにサボるもの。今までは練習が終わる時間が決まっていなかったので、寮の食事の時間もバラバラでした。食事や睡眠の時間が削られて体が大きくならないんです。これは変える必要があると感じました」
 5月には、2年生による1年生への暴力行為があり、対外試合を自粛するという不祥事もあった。寮生活、上下関係の改革も大きな課題だった。
「応援してくれる人を裏切る形になり、本当に申し訳なく思っています。この件を次に生かすために、上下関係のあり方を改めるように進めています。自分のことは自分でやる。上級生や同期生の間でのコミュニケーションを取る。そのあたりはだいぶ大人になってきたと思います」
 ただし、と青栁監督はこう付け加えた。
「やることをしっかりやれば、あとは楽しくみんなで食事をします」
 規律で縛りつければ、選手たちはますますがんじがらめになり、それが試合に表れると青栁監督は考えている。
「大事な試合にことごとく負けるのは、選手に過度なストレスをかけていたからなのかなと感じます。それをいかに取り除いて野球をさせてやれるかですね」
 本来の力さえ発揮できれば、相手が天敵の前橋育英だろうと、どこであろうと負けない。それは選手も指導者もひしひしと感じている本音だろう。青栁監督をはじめ、健大高崎陣営は根本的な課題を解決するために本気で取り組んでいる。
 来年に向けて、青栁監督は頼もしい言葉を口にした。
「投手陣は悪くありませんし、細かな部分で精度を高めれば十分に戦えます。野手も秋にはレギュラーではなかった中に楽しみな選手もいます。1年生には安齋(駿斗)や伊計(清矢)といった、将来プロも狙えるような選手も育ってきています。育英さんが今年の夏に仕上げてきたように、来年はウチがそのパターンでいきたいですね」
 ところで、健大高崎のスタッフからは「前橋育英憎し」という感情が不思議なほど伝わってこない。それは胸の内に秘めているのか、それとも……。青栁監督に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「いいものはいいと認めないといけません。ひがみや妬みからは何も生まれませんから。謙虚に負けを認めて、できることを真似する。育英さんに『打倒』という言葉は使いたくないんです」

時折、選手たちの動きに優しい眼差しを向けながら話す荒井直樹監督

2013年に匹敵する守備力
健大がいたから強くなれた!

 逆境をはね返して今夏に甲子園出場を決めたことで、前橋育英は勢いを増している。荒井監督は手応えを口にする。
「3年生は真面目でおとなしかったですが、2年生はエネルギーを感じます。ピンチをピンチとも思わない強さがありますね」
 秋の健大高崎戦ではお家芸の「攻撃的守備」で流れをつかんだ。荒井監督が「守備は日本一になった代(2013年)に近いか、それ以上」と語るほどの精度がある。剣持京右、中村太陽の二遊間は堅く、大会途中に1年生ながら正捕手に定着した須永武志も強肩で走者を威嚇する。そしてランナーが出ても、チームには「ゲッツーを取るチャンスだ!」という雰囲気があるという。併殺でピンチをくぐり抜ければ相手は気落ちし、自分たちは盛り上がる。そうやって攻撃への流れを守備から作り上げるのが、前橋育英の野球なのだ。
「健大戦の9回の守備でランナーが出たとき、伝令の選手を通じて『今日3つ目のゲッツーを取ってこい!』と伝えたんです。でも、スコアブックを見返すとすでにゲッツーを3つ取っていたことに気づいて、帰ってきた伝令の選手に『すまん、4つ目だったな』と言ったら、『みんなそう言ってました』って言われちゃって(笑)」
 そう語る荒井監督の表情は晴れやかだった。強豪相手でも併殺を連発できる勝負強さと球際の強さは、とても秋のチームとは思えない。とはいえ荒井監督に慢心はない。
「今は勝っているので、我々が言うことも選手にはスッと入っていくのでしょう。でも、そういう時期ばかりではないと思いますからね」
 もちろん、健大高崎がこのまま指をくわえて見ているとは思っていない。荒井監督にライバル・健大高崎への思いを聞くと、こんな答えが返ってきた。
「健大さんには負けたくないという思いはものすごくありますよ。でも、健大さんがいるから強くなれる、という部分もすごくあるわけです。勝負は怖いもの。みんなその怖さを持って勝負にいくなかで、どうやって力を出すか。健大さんも必死に取り組んでこられるでしょうが、ウチは人間性で勝負にいきたいと思っています」
 戦い方から運営方針まで、すべてが対称的な両校。根底にお互いへの敬意が貫かれたライバル物語は、まだまだ終わらない。

<了>